元総理大臣銃撃の山上徹也容疑者の父親はどのような人物なのか、山上徹也容疑者同様、壮絶な人生をまとめました。
山上徹也父親の家庭と学生時代時系列
・山上徹也父親の母は保険の外交員で、母子家庭に育つ。
・中学時代、貧困を抜け出すため勉強に集中。
・その結果、大阪市内でもトップクラスの進学校、府立天王寺高校に進学。
・卒業後、京都大学工学部に進学し、土木を専攻。
卒業後は大手建設会社に就職
大学を1970年に卒業すると、大手建設関連会社などに勤め、大阪や千葉などを転々としながら、70年代末に奈良に本社を置く奈良県の吉崎建設に就職します。
山上徹也容疑者父親~社長の娘と結婚まで
吉崎建設は、山上徹也容疑者の祖父の会社でした。社長の娘とは山上徹也容疑者の母親です。
山上徹也容疑者の父に役職が用意されていたわけではなく、ヒラ社員から工事部長になり、最終的に取締役まで出世しました。
それと前後し、徹也の父は妻となる女性(社長の娘)と籍を入れました。
吉崎建設社長の祖父とは
吉崎建設の社長、すなわち徹也の母方の祖父も父とは別の大阪府内の大学の土木科を卒業していました。そして、63年に建設会社を設立。
怒鳴り声が聞こえる家
当時、家族が居を構えていたのが東大阪市内の木造2階建ての一軒家。母方の祖父が所有する25坪ほどの土地に建てられました。
近隣住民からの印象は、小さくどこか不気味な家だったとの証言もありました。
「山上さんね、もう40年くらい前ですけど、よう覚えていますわ。よく怒鳴り声が聞こえる家やったんですよ。お父さんがお母さんを怒鳴りつけてね、呂律も回っていなかったから、たぶん、お酒飲んでいたんやろうな。外から見える家の洗い場なんかも散らかっていてね……」
近隣住民
母親がはまった「朝起会」
母親が子育てを放棄してまで通っていた朝起会とは、戦後まもなく設立された実践倫理宏正会のことです。創始者は上廣哲彦。
現在は3代目が会長を務め、朝起会と呼ばれる早朝の活動をメインに会員数は400万人を超えるといわれています。
「大阪だけでも支部は70ほどあります。朝起会では、『朝の誓』の言葉を唱えるなど、生活倫理を実践する社団法人ということになっており、宗教団体であることを否定しています。しかし、事実上の宗教ではないかと指摘する声もある」
宗教事情に詳しい記者
父親の鬱から自殺まで
子供が2人いるにも関わらず、育児放棄をして宗教活動に入れ込んでしまった山上徹也容疑者の母。
山上徹也容疑者の父は酒の量も増え、精神的にも鬱になっていきました。
吉崎建設でも取締役です。社長の祖父は身内であり、ストレスを抱えていたとも言われています。
近くのマンションから飛び降りて亡くなっていました。現場は当時の東大阪市の自宅から歩いて5分ほどの12階建てのマンションでした。
周囲ではひときわ高層の建物だったため、山上徹也容疑者の父の他にもたびたび飛び降りがあった場所でした。
山上徹也の父親の死がきっかけで母が旧統一教会に入信・さらに泥沼の家庭崩壊に
叔父の証言…
「1984年の12月に自殺している」。
伯父によると、山上容疑者が小さいころに父親が自殺したと明かしました。そして、これをきっかけに、山上容疑者の母親が「世界平和統一家庭連合」、旧統一教会に入信したといいます。
「献金が即2000万円、入会とほぼ同時に。さらにすぐ3000万円。3年後くらいに現金で1000万円。合計6000万円ですね。その原資は父親の保険金です。命の代償です」。
ABCニュース